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もっと知りたい!「南町田」~街の歴史編~

お得なマンション・住宅情報で地元をもっともりあげたい! そんな「センチュリー21中央ハウジング中央林間店」からお送りする、街・エリアのホットな情報も「南町田」へ到達!です。 出来立てホヤホヤ、これから未来にはばたく「南町田」の歴史に、今回もグイっと迫っていきますので、皆さまこうご期待!

 東京都最南端の鉄道駅!は「鶴間」になりかけた?

本州にある東京都内の鉄道駅としては「最南端」という触れ込みを持つ、今回の主役「南町田駅」。
古くから開発が続いている田園都市線沿線の中でも、わりかし新しめな歴史を持つ駅のひとつです。
そんな「南町田」エリアも、昔からこう名乗っていたわけではありません。
では、どんな名前だったかというと、以前から住んでいる人たちだけでなく、最近になって越してきた人たちもこう答えます、「鶴間でしょ?」と。
このエリアが駅名に沿って「南町田」に住所変更されたのはつい最近の2016年(平成28年)のこと、しかし、それ以降も駅のすぐ近く、国道16号線より南側のエリアは「東京都町田市鶴間」になっており、そのため、この地域に住む人たちの間でもあまり「南町田になった」と実感している人は少ないのでしょう。
そんな町名に先駆けること40年以上の1976年(昭和51年)に「南町田駅」は登場しました、が、本来予定されていた駅名は、地域に準じた「東急鶴間」というもの。
もちろんこれでは小田急の「鶴間駅」との兼ね合いが生じることから「南町田」に変更されたわけですが、この名前には少しだけ「ある事情」が存在します。
そもそも、この「鶴間」という地名、かつては「鶴間村」として現在の神奈川県と東京都を股にかけるほど広大な地域であり、現在もその両方に地名が残るほど歴史のある名前でした。(詳しくは「鶴間駅」編でもご紹介します)
この「鶴間村」を含むさまざまな地区・地域が、1889年(明治22年)に合併してできた「神奈川県南多摩郡南村」の「南」こそ、現在の「南町田」のルーツになります。(当時、南多摩郡の最南端でもあった)
駅命名の際の「大人の事情」を回避するためだけではなく、その後「町田市鶴
間」になってからも、地区に古くから住む人たちは「南地域(地区)」と別名の様に呼ばれていたことからついた名前なんですね。
「鶴間の南」「町田の南」だけじゃなく、もっと広大な地域においても「南」。
それが「南町田」の名前の由来です。

ちょっと複雑?かつて神奈川県だった「南町田」

「南町田」の「南」の謎が解けた所で、さらなる疑問も生まれますよね?
さらっと流してしまいそうなぐらい自然に「神奈川県南多摩郡」とありますが、気づいた方はいらっしゃいましたか?
実際、今「三多摩」と呼ばれる地区(北・西・南の三つに分かれていたことが名残の呼び名)は、19世紀の終わりである1893年(明治26年)に当時の「神奈川県」から「東京府」に移行します。
(旧東京府が都になるのは1943年(昭和18年)のこと)
さらに、「東京都」へ移行した後の1954年(昭和29年)には、前述の「南村」地域が「町田町」地域と合併し、新生「町田町」として現在の「町田市」につながっていくわけです。(初代「町田町」は1913年(大正2年)に成立)
その密接な関係から「神奈川県町田市」なんて揶揄されることもある立場の「町田」が、実際に神奈川県だったことに驚きを隠せない方も多いことでしょうね。
これらの地域においては、行政的な施策と実際の利便性にズレが生じていたことや、市政、町政への移行のタイミングにより、このような複雑な経緯を持つものとなっている面が大きいと思われます。
なにはともあれ、動き出したばかりの「南町田駅」が、大きな躍進を遂げるのはそれから四半世紀が過ぎようという所でした。

 ショッピングモールと共に「土・日・休日のみの急行停車駅」へ

さて、今回「南町田駅」の歴史に迫る上で、必要不可欠な存在となっているのが、皆さんごぞんじの「グランベリーモール」ですよね?
このセクションでは、このアウトレットショッピングモールを踏まえて進めてみましょう。
この「グランベリーモール」が開業したのは、ミレニアムの到来と「Y2K」と呼ばれた「2000年問題」に揺れるさなかの2000年(平成12年)のこと。
当初は「10年限定の暫定的な施設」として産声を上げたこのモールにより、
にわかに「南町田」の名前が大きく取り上げられるようになりました。
と同時に、この「南町田駅」の周辺区域にも「新興住宅地」としての熱い注目が注がれることとなり、休日にはモールへの来客の他、引っ越し・住まい探しを考えている層でごった返す状況で、駅利用人数はうなぎのぼり。
さらに「南町田」には、さまざまな利点がありました。
主要な部分を挙げると…
① 都心部・大都市横浜へのアクセス性に優れていたこと
(車においても、東名高速「横浜町田IC」が近くて便利であった)
② この時点ではまだ開発中の箇所も多く、地価や物件価格が安かったこと
③ 「オシャレな欧米風の街並み」が物件購買層から好まれたこと
そのため、モール完成当初は「行楽期のみ」とされていた急行の停車も、2006年(平成18年)には、「土・日・休日」に変更され、さらなる発展のため一役買うことに。
これらのバックアップに支えられ「郊外型ショッピングモールの成功モデル
ケース」とまで言われるようになった「グランベリーモール」、当初の
10年間限定は撤回され、2011年(平成23年)に発表された「町田市都市計画マスタープラン」でも「南地区」としてセクションの中心的存在を担うまでに成長を遂げます。
しかし、施設の老朽化(暫定的施設だったことが大きな原因)が進む中、早くも「再開発」が決定し、2017年(平成29年)に一時的な閉店を迎えることとなりました。

 「一大都市」を目指して、「南町田」の挑戦は続く

ここからは「歴史」というよりも、「これから歴史の一部となる」未来のお話となりますが、「南町田駅」周辺エリアの今後、再開発計画についてのお話をいくつかご紹介しましょう。
前述の通り、惜しまれながらも一時的閉店を迎えた「グランベリーモール」でしたが、2019年には「まちびらき」の一環としての復活が予定されています。
(その時にはこちらのタウン情報でも特集できればいいですね)
この「まちびらき」の際には街全体が「南町田グランベリーパーク」という名前になる予定ですが、ひょっとしたら何十年もあとには正式にカタカナ町名が付いたりするかもしれませんね。
その他にも、近接している「鶴間公園」も再開発の対象となっていますが、こちらはモールに先駆けて一部閉鎖→全面閉鎖となっています。
この再開発工事の際に、公園の一部から竪穴式住居をはじめ、土器のかけらなどが出土しており、お隣の「つきみ野」と同様に古代から人々が暮らす土地だということが判明しました。
何百年もの間、さまざまな技術や発見のおかげで人々の暮らしも多種多様に変わりましたが「人が暮らす」という本質は全く変わらないのかもしれません。
古代の人からも「住みやすい土地」だとお墨付きのこの「南町田」。
これから先の発展に期待をしつつ、まずは2019年の「まちびらき」を待つことにしましょう!
多くの歴史や激動をくぐりぬけつつ、未来へ向かっていく東京都最南端の駅「南町田」、移住を考えるなら、今がベストのタイミングかもしれません。
今後への期待が尽きない「南町田」に住もう!住んでみたい!と思った方は、お気軽に当店までご相談ください。

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