登録しました
ページ更新後に反映されます
すでに登録されている物件です。
お気に入り物件から削除されました
ページ更新後に反映されます

共通メニュー

東急田園都市線・小田急線「中央林間駅」「つきみ野駅」「東林間駅」「南林間駅」の新築戸建て・中古一戸建て・マンション・土地の不動産購入・売却なら地元密着のセンチュリー21中央ハウジングにご相談下さい。

ぱんくずリスト

トップ >「大和市・相模原市中央区・相模原市南区・町田市」のタウン情報 詳細

コラム&地域情報 詳細

「祝『令和』勝手に認定!エリア別地元「世界遺産」ガイド ~つきみ野編~」

2019-05-30

「センチュリー21中央ハウジング中央林間店」がお送りしているタウン情報、新シリーズとなる「祝『令和』勝手に認定!エリア別地元「世界遺産」ガイド」も早くも折り返し! ごく簡単に趣旨をご説明すると、せっかく新しい元号である『令和』を迎えたのですから、本家に匹敵するような価値を持つ地元の名所を「勝手に」認定して、より地元愛を深めていこうという「少々強引な企画」(笑)です。 本家にならい、勝手に認定する方も「自然遺産」や「文化遺産」、ましてや「複合遺産」などの各種類を取りそろえ、最終的にはそれら遺産の「歩き方」までご紹介していこうと思っています。 では、さっそく今回の主役!「つきみ野」の開幕ですよ!

勝手に認定!「文化遺産」部門 その①:「日本の旧石器時代観に大きな影響を与えた月見野遺跡群」

今回の「つきみ野」編ですが、土地柄もあり「自然遺産」ではなく「文化遺産」を2つ選出させていただきました。
そんな「つきみ野」エリアの「勝手に認定文化遺産」のその1は、ほぼ街全体に広がる「月見野遺跡群」です。
皆さんは「黒曜石」という石をごぞんじですか?
この「黒曜石」、私たち人類が「旧石器時代」の古くから「道具」として使用してきた経緯を持つ重要な石で、現在ではその美しい見た目からアクセサリーやパワーストーンとしても使用されています。
日本では「旧石器時代」の後期から使用されてきた「黒曜石」ですが、実は今回の「月見野遺跡群」は考古学的な面から見ると「黒曜石の使用法における重要な遺跡」とされているんです。
細かく説明すると、北海道の「旧石器人」が用いた「黒曜石から細石刃を作る技法(地域の名を取り「湧別技法」と呼ばれます)」が本州まで伝播した証拠となるのが、何を隠そうこの「月見野遺跡群」からの出土品。
しかし、これほど重要な遺跡群(目黒川流域に17か所も存在しています)ではありますが、「つきみ野」エリアの開発が進んだこともあり、現在ではその多くが住宅地化や舗装されていて、大和市による立て看板が残るのみとなっています。(大和市のホームページでは、これらの「遺跡説明板」に関する情報が掲載されていますので、興味を持った方はチェックしてみてください)
本来であれば、キチンと保全され、現在にしっかり残っているものでなければならない「文化遺産」ですが、エリアにとってこれほど重要度が高い地域・場
所はなかなかありませんので、皆さんの「記憶」に留めて欲しいという願いを込めて、今回はこの「月見野遺跡群」を勝手に認定させていただきました。


勝手に認定!「文化遺産」部門 その②:「源義経の財宝伝説が残る、現浅間神社と旧公所神社跡地」

続いてのセクションでは、もうひとつこのエリアにおける「文化遺産」をご紹介していきましょう。
その舞台のひとつが、関東随一の交通量を誇る「国道16号線」を越えて、「境川」のすぐそばまで行った所にある「浅間神社」ですが、実は、皆さんも歴史の授業でごぞんじの「源義経」にまつわる財宝伝説があるんです!
ただし、その伝説が仮に本当だとすれば、財宝が埋まっているのはこの場所ではありません。
どういうことかというと、先ほど「舞台のひとつ」と前述した通り、実はこちらの神社は1975年(昭和50年)に移転しており、以前の神社跡地が国道16号線に残っているんですよ。
以前、当タウン情報でも取り上げたことのある、この「公所神社跡地」ですが、現在は小さい緑地に「富士塚(浅間の森)」との記載がある杭と「下鶴間浅間社遺跡」の立て看板が残るのみ。(前述の大和市ホームページにも掲載されています)
実際の伝説はどのようなものかというと、兄であり、鎌倉幕府を打ち立てた将軍であった「源頼朝」と対立するようになった義経が、涙を呑んで京都に戻る際にこの地に立ち寄り、本来頼朝に渡そうと思って持参した財宝を仕方なくこの地に埋めていった、というもの。
しかも、財宝を埋めていっただけでなく、この地で鶴が空を舞う所を目撃した所から「鶴舞の里」→「鶴間」となったという地名の由来にもなったのだとか。
(これはあくまで一説であり、同様の理由で兄の頼朝が名付けたという伝説もありますが)
まさかの地名の由来まで飛び出しましたが、このエリアにおいて「文化遺産」としてこれほどふさわしい場所もそうそうありませんよね?
浅間神社(公所)
住所:大和市下鶴間391
公所神社跡地
住所:大和市つきみ野8-14


本家を知ろう!「世界遺産」の豆ちしき:歴史に消えゆく「世界遺産」 ~「危機遺産」とは?~

さてさて、続いてのセクションは、一旦今回のエリアから離れ、本家である「世界遺産」に関する豆知識をご紹介していくコーナーです。
今回のテーマは、今後消えてしまう恐れのある「危機遺産」についてご紹介していきましょう。
若干、聞きなれない言葉であるこの「危機遺産」ですが、当然のごとく日本独自での呼ばれ方であり、本来は「危機にさらされている世界遺産(World Heritage in Danger・便宜上、以後は「危機遺産」と記載します)」が正式な名前です。
そもそも「世界的に保護すべき自然・建築物」という「世界遺産」の概念からすれば、かなり重要な位置づけがされているのですが、実質的にこの「危機遺産」とみなされる(リストが存在し、登録される)と、基金からの保護資金の援助や、国際的な保護支援が約束されることになります。
しかし、中にはリストへの登録を機に保護活動が行われ、リストからの脱却を果たした「世界遺産」も少なからずあるのですが、現在でも50件を超える(記事制作時現在)「危機遺産」が存在しています。(「危機遺産」から脱却を果たした有名な「世界遺産」のひとつがカンボジアの「アンコールワット」です)
残念ながら、リストへの登録や、その先にある「世界遺産」としての登録抹消(消滅)に至るまでには、さまざまな原因、理由がありますが、中には「世界遺産が存在する国の政治上の問題」によるものもあるのだそうです。
記憶に新しい例でいえば、先日の「ノートルダム大聖堂の大規模火災」のように「焼失」という場合もあり得ますが、「世界遺産」に登録されているのは、大聖堂そのものではなく、それを含んだ「パリのセーヌ河岸」となっているの
で、今回の火災によって即リスト入りすることはないでしょう。
(ただし、ユネスコから今回の火災を鑑み、「復元するためにフランスを支援する準備がある」との公式コメントがありましたので、リスト入りせずとも支援を行う可能性が高いです。)
文字通り「世界的な遺産」として長く残していきたい、貴重な「文化財」ですから、できることなら「危機遺産」という言葉がなくなるようにしていきたいものですね。


エリア別・勝手に「世界遺産」の歩き方! ~つきみ野の場合~

今回も最後のセクションは、「勝手に認定世界遺産」を見に行く際のガイド情報をお届けしましょう。
ただし、今回の場合は順を追ってそれぞれの場所を巡るよりも、駅から近い「つる舞の里歴史資料館」を利用するのが便利だと思います。
つる舞の里歴史資料館
住所:大和市つきみ野7-3-2
開館時間:9:00~17:00(月曜定休)
もちろん、いくつか存在する「遺跡説明板」をすべて回るのもまた違った趣があっていいですね。(その際は「公所浅間神社跡地」も併せて足を運ぶことをオススメします)
これらの場所を巡った後に、締めとして「浅間神社」に行くコースが、当ガイドでのオススメコース!
日常では「住宅街」の印象が強い「つきみ野」ですが、これらのスポットを回ってみれば、一風変わった歴史的な重みを感じるようになると思います。
注目の新シリーズも折り返し地点!
そんな中、今回の「つきみ野編」はいかがだったでしょうか?
さまざまな名所が存在する「つきみ野」のお住まいをお探しの際は、当店までお気軽にご連絡ください。


タウン情報カテゴリーメニュー

エリアリンクメニュー(タウン情報以外不可)

フッター