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「祝『令和』勝手に認定!エリア別地元「世界遺産」ガイド ~小田急相模原編~」

2019-06-25

「センチュリー21中央ハウジング中央林間店」がお送りしているタウン情報、新シリーズとなる「祝『令和』勝手に認定!エリア別地元「世界遺産」ガイド」も早くも折り返し! ごく簡単に趣旨をご説明すると、せっかく新しい元号である『令和』を迎えたのですから、本家に匹敵するような価値を持つ地元の名所を「勝手に」認定して、より地元愛を深めていこうという「少々強引な企画」(笑)です。 本家にならい、勝手に認定する方も「自然遺産」や「文化遺産」、ましてや「複合遺産」などの各種類を取りそろえ、最終的にはそれら遺産の「歩き方」までご紹介していこうと思っています。 では、さっそく今回の主役!「小田急相模原」の開幕ですよ!

勝手に認定!「文化遺産」部門 その①:「古き良き『昭和』の文化を今に伝える銭湯 日栄浴場」

今回の「小田急相模原」編も、住宅地が多い土地柄から「自然遺産」ではなく「文化遺産」を2つ選出させていただきました。
最初の「勝手に認定文化遺産」は、今ではほぼ見ることが出来なくなった、「昭和」の時代を色濃く残す「銭湯」である「日栄浴場」さんをご紹介しましょう。
「令和」の時代を迎え、「平成」の時代を飛び越え、ひとつの元号としては非常にまれな「60年以上」を記録した「昭和」の時代。
機械化・近代化や高度経済成長、そして忌むべき記憶のひとつである「戦争」を経験した、この時代の文化の一角が、この「銭湯」にあるといっても決して過言ではないと思います。
時代の流れとともに「健康センター」や「スーパー銭湯」など、その様相こそ様変わりしましたが、今も「銭湯」が日本の「公衆浴場」としての基盤となっているのは間違いありません。
前置きが長くなりましたが、そんな時代の「銭湯」のまま、この地で営業を続けているのが、こちらの「日栄浴場」さんです。
店先には、経営が同じ方だと思われる「日栄コインランドリー」もあり、こちらもかつての時代を彷彿とさせるお店構えとなっています。
数あるお湯の中でも、常連さんに人気があるのは「薬湯(漢方延寿薬湯)」。
茶褐色の若干ぬめりのあるお湯なのですが、ご経験のある方ならごぞんじのように「わずかな香りと皮膚にしみ込むような薬効」が中毒的な効果を生むお湯となっています。
個人経営の銭湯ということもあり、勝手ながらも「文化遺産」としての選出は果たして良いものなのだろうか?とも考えましたが、今後ひょっとしたら、なくなってしまうかもしれないという「危機遺産」的な観点も交え、微力ながら存続を応援する意味で、今回の選出と相成りました。
日栄浴場
住所:相模原市南区相南4-1-2


勝手に認定!「文化遺産」部門 その②:「日米それぞれ独特の文化が共存する 米軍住宅」

続いてのセクションでは、もうひとつこのエリアにおける「文化遺産」をご紹介していきましょう。
くしくも、こちらの「文化遺産」も「昭和」の時代を反映した場所であり、変わりゆく世代の中での「日米の関係」を象徴する場所、それがこの「米軍住宅」です。
この場所は、戦時中まで「陸軍電信第一連隊(東部第88部隊)」の管轄下にあった土地ですが、戦後は「駐留米軍関係者の住宅地」として接収された経緯を持っています。
そもそも、この「小田急相模原」エリア近辺は、過去に「軍都」として旧日本軍のさまざまな施設が置かれていましたが、前述のように戦後ともなれば接収されたり、民間施設として利用されたりするなどの歴史をたどってきた場所。
しかし、この「米軍住宅」はあくまで「住宅区域」であり、軍の重要施設が併設されているわけでもなければ、武器や兵器が格納されているわけでもありません。
そのため、日本国内でありながら「アメリカの街の一つ」として機能しており、近辺にある「日本の住宅地」とは全く異なる住宅環境が広がっています。
もちろん、通勤や外出のためにこの「米軍住宅」から、オダサガの街へ繰り出す軍関係者も当然いるわけで、そういった「異文化」ともこのエリアは共存してきています。(もちろん、その状態は今後も続いていくことでしょう)
まさに「オダサガ」の「オダサガ」なるゆえんの一因となっているのが、この
場所であることに、異論をはさむ余地はないと思われます。
米軍住宅
住所:相模原市南区上鶴間


本家を知ろう!「世界遺産」の豆ちしき:歴史の前に消えていった「世界遺産」 ~「抹消された危機遺産」~

さてさて、続いてのセクションは、一旦今回のエリアから離れ、本家である「世界遺産」に関する豆知識をご紹介していくコーナーです。
今回のテーマは、以前ご説明した「危機遺産」を通り越し、登録が抹消されてしまった「抹消世界遺産」について進めていきましょう。
この「抹消世界遺産」ですが、実はルールブックとなる「世界遺産条約」の中には「世界遺産登録の抹消」に関する規定やルールは全くありません。
にもかかわらず、実際に「登録を抹消した世界遺産」は、少ないながらも存在します。(2019年現在、「アラビアオリックス保護区」と「ドレスデン・エルベ渓谷」の2つのみ)
しかし、登録されるにも多大な労力がかかる「世界遺産」だけに、抹消されるなどもってのほか、どんな国でも全力を挙げて阻止するのでは?と思いますよね。
例えば、史上初めての登録抹消となった、オマーンの「アラビアオリックス保護区」の場合、その背後には「国として開発優先の立場を取った」ことが大きな原因とされています。
そもそも、この保護区は、世界遺産委員会が「登録の延期」を提案するような状態であり、オマーン代表による「しかるべき対応」を行うことを約束した上で1994年(平成6年)に登録にこぎつけたものでした。
しかし、オマーン政府は後の2007年(平成19年)、突如として「登録区域」の90%以上を削減するという決定を「世界遺産委員会」に無許可で行います。
これは、削減した区域での「資源開発」を政府が優先したことを意味していますが、その後の世界遺産委員会からの「抹消勧告」をものともせず、とうとう史上初の「世界遺産登録抹消」となってしまいました。
この例は「必ずしもオマーンが悪いわけではありません」が、事実として残っているのは、上記の「しかるべき対応と、開発優先を委員会に提示した」人物は、なんと同一人物とのこと。(しかも、このような「手のひら返し」的な経緯があったことから、この遺産においては、一時的な「危機遺産リスト入り」もしなかったそう)
このような例はごくごく珍しいのですが、国や人の考え方によっては、「国益を優先するために世界遺産登録抹消を辞さない」こともありうるという貴重な事例になっていますね。


エリア別・勝手に「世界遺産」の歩き方! ~小田急相模原の場合~

今回も最後のセクションは、「勝手に認定世界遺産」を見に行く際のガイド情報をお届けしましょう。
今回の場合、もちろん軍の関係者やその家族でなければ、「米軍住宅」の敷地内に立ち入ることが出来ませんので、最初に「米軍住宅」の周囲を巡った後に、「日栄浴場」でひと汗流す、というコース取りが最善手でしょうか。
さらにおすすめのコースとしては、「米軍住宅」から駅に戻る途中、「サウザンロード」商店街にてウィンドウショッピングを楽しむという「寄り道」が良いでしょうね。
新しい「令和」の時代に、古き良き「昭和」に思いを馳せる、そんな遺産巡りが楽しめる「小田急相模原」。
そんな「小田急相模原」のお住まいをお探しの際は、当店までお気軽にご連絡ください。


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